トコロかわれば...

名前 (utónév)

鷲尾亜子


 我が子の誕生を待つ親にとって、名付けは楽しくもあり、同時にとことん悩む作業でもある。私の場合、夫がハンガリー人なので日ハ、両方の名前をつけることになった。しかしそのため楽しみは倍増したが、悩みも倍増してしまった。和名は斬新で、響きも意味もよく、見た目が「鷲尾」としっくりし画数も良いものを考えた。しかし、漢字の組み合わせの可能性は、天文学的な数字で途方にくれた。一方、ハンガリー名といえば、今度はあまりにもバラエティーが少なすぎ困った。今月号は、そんなハンガリーの人名の話。


ここにも、あそこにもぺーテル

 ハンガリーでは、名前を2つまで公に登録できる。2002年5月現在、認められている名前は男性、1793、女性1781だけである。名前には大別して聖書に由来する名前(ミクローシュ、アンドラーシュ、エーバ Miklós, András, Évaなど)と、ハンガリー固有の名前(アッティラ、ガーボル、アニコー、エニクー Attila, Gábor, Anikó, Enikôなど)がある。その他、ラテン語や英語、フランス語、スラブ語の名前もあるが、少数派だ。

 私が勤めていた会社では、同じ部署のハンガリー人同僚男性6人中、2人がぺーテル Péterだった。私の夫もぺーテル、また女性同僚のボーイフレンドもぺーテル。そういえばメジェシ首相もぺーテルだ。友人の兄弟、ボーイフレンドでもぺーテルはわんさかいるし、我が家のお隣りもぺーテルさんである。

表1 ハンガリー人の名前トップ10
(人数の千未満は切り捨て)
順位名前(男)人数名前(女)人数
István369,000Mária478,000
László363,000Erzsébet471,000
József352,000Ilona251,000
János301,000Katalin222,000
Sándor221,000Éva191,000
Zoltán212,000Margit172,000
Ferenc211,000Anna171,000
Gábor164,000Zsuzsanna153,000
Attila137,000Julianna147,000
10Péter133,000Ilén100,000

表2 流行の変換 出所:Ladó János & Bíró Ágnes 1998
Magyar Útónévkönyv
順位
(男)
1967生まれ1976生まれ1996生まれ
LászlóZoltánDávid
ZoltánLászlóDániel
IstvánGáborTámas
JózsefAttilaBence
JánosZsoltPéter
順位
(女)
1967生まれ1976生まれ1996生まれ
ÉvaKrisztinaAlexandra
MáriaAndreaVivien
IldikóKatalinViktória
KatalinSzilviaDóra
ErikaZsuzsannaNikolett

 ハンガリーでは、ぺーテルのような地位を確立している名前は男女ともに20くらいあり、それで打ち止め、後はほとんど例外的、という感じである。そう思って内務省編纂の "Téyek és adatok" (2001)で調べてみたところ、確かにそうだった。それによると、新生児からお年寄りまでをすべてひっくるめたハンガリー人男性の中で一番多い名前はイシュトヴァーン István、次にラースロー László、ヨージェフJózsefと来る。(表1参照)上位10の名前だけで、なんと男性総人口の52%を占める。そして、さらにタマーシュ、イムレ、ラヨシュ、ティボール、アンドラーシ、ジョルト、ジュルジュ(Tamás, Imre, Lajos, Tibor, András, Zsolt, György)の7つを足すと、人口の68%になる。

 一方、女性では1位がマーリア Mária、次にエリジェーベト Erzsébet、イロナ Ilonaと続く。上位10の名前で、女性の総人口43%を占める。10位以下を見るとユディット、アーグネシュ、アンドレア、イルディコー、エリカ、マグドルナ(Judit, Ágnes, Andrea, Ildikó, Erika, Magdolna)と続き、これら16の名前で総人口の53%になる。


流行り

しかし、これらの統計はハンガリー人全体が対象なので、最近の傾向を反映するものではない。名前はどこの国でも流行りがある。例えばその時代のスポーツ選手のヒーローや芸能人にあやかった名前である。またクラシックな名前が廃れていく一方、復活してそれが逆に新鮮、というのもある。

 ハンガリーの場合もまた然り。英語やスペイン語からくる名前と、とてもハンガリーらしい名前が流行している。前出の "Tények és adatok" によると、ここ数年最も多い名前は、男子はダーヴィド、ダーニエル、ベンツェ、タマーシュ、アーダーム(Dávid, Dániel, Bence, Tamás, Ádám)の順で、女子はアレクサンドラ、ヴィヴィエン、ぺトラ、ニコレット(Alexandra, Vivien, Petra, Nikolett)である。女子は見事にすべてハンガリー語以外の名前である。

 古典的な名前復活版では、男の子がレヴェンテ、チャバ、ボトンド、ベンデグーズ (Levente, Csaba, Botond,Bendegúz)、女の子ではエニクー、エメシェ、キンチュー、エムーケ(Enikô, Emese, Kincsô, Emôke)がある。(出所MTI)しかし、古典的なら何でもよいというのではないらしく、例えばべーラ、ウドゥン(Béla Ödön)などは敬遠されている。私にはどの名前が「イケていて」、どの名前が「イケていない」かの基準は全くわからないが、それは日本語で言えば「太郎」はいいが「源蔵」はダメ、といったニュアンスであろう。

 もう一つの流行は、あだ名が公の名前になるものである。これには例えばゲルグー(Gergô; もともとゲルゲィGergelyのあだ名)、ドーリ、ドルカ(Dóri, Dorka;もともとドロッチャ Dorottya)がある。他に、親と同じ名前を何代にも渡ってつける、という習慣もあるが、最近は少ないようだ。


低母音と高母音の組み合わせ

 ハンガリー人の親たちは、何を基準に名前を選ぶのだろうか。周りに聞くと、まずは「音」である。ハンガリー人はあまり意味や、聖書でこの人物が何をしたか、というのにはこだわっていないようだ。

 「音」は、姓とのバランスである。ハンガリー語の母音には、低母音(a,o,uとその長母音á,ó,úと、高母音(e,i,ü,öその長母音é,í,û,ô)があり、たいていの名前は、他のほとんどの単語と同じように、母音調和がなされている。*つまり高母音のみか、低母音のみからなるかで、混合型は非常に少ない。例えば "Katalin" は前者で、 " Levente" は後者である。そしてたいてい、姓が高母音のみの場合、名は低母音にすると納まりがいい。その逆も同様である。
 従って音の相性をよくしようとすると、可能な名前の数がすでに半分くらいになってしまう。選択肢が少なすぎて苦しむ所以である。しかも私の場合、夫の姓はガードルGádorで低母音グループだから、高母音の名前がいいが、ü,ö入った名前など、母親の私ですらきちんと発音できないので即却下。そうすると、もう10個くらいしか可能な名前が残されない気がして、この際、そうした基本ルールは無視することにした。

実際、母音の調和にこだわらない親もかなりいる。中には意図的に「ゴロあわせ」的な名前をつける人もいる。友人の息子はヴィンツェ・ベンツェ Vincze Benceだし、マウレール・マウラ・ラウラ Maurer Maura Laura という女の子もいる。「なんだか小学校でからかわれそうな名前だなー」と思うが、一度耳にしたら忘れられないから、ありきたりの組み合わせよりいいかもしれない。


創る名前

 さて、ハンガリー語名の選択肢の少なさを嘆いたが、現在登録されていない名前を我が子につけることも可能ではある。その場合、科学アカデミーの言語学研究所におうかがいを立てることになる。通常、審議に2-3週間かかる。めでたくハンガリー語の権威の先生方が首を縦にふれば、「ヨロシイ」となるのである。却下された場合には不服申し立てをすることができる。

 最近許可された名前には、ロナルド Ronald、ロレンゾー Lorenzó、ダンテ Danteなどがある。一方、却下されたものにはアーフォニャ Áfonya(クランベリーの意味)、 ブーザヴィラーグ Búzavirág(コーンフラワーの意味)などのかわった植物の名前がある。またエーヴィケ Évike、スィルヴィ Szilvi 、トーニ Tónyといった Éva、Szilvia、Antalのあだ名も受け入れられなかった。サッカーのスーパースター、ベッカム選手が息子に「ブルクッリン」と名づけたのは有名な話だが、アトランタやシドニーといった名前の申請にも、言語学の先生方は眉をしかめて(と思う)却下した。(出所MTI)

昨年はどのような名前が申請されただろうか。言葉が時代とともに変化していくように、名前も流行を取り入れながら変化していくものである。


*"i"とその長母音"í"は、低母音、高母音とも組み合わされる。



(パプリカ通信2004年1月号掲載)