踊り人生、待ったなし : 第14回

ルーリンツレーヴェ村のバール (Lőrincrévi bál)

鈴木 仁


これがルーリンツレーヴェ村のポントゾー(男性舞踊)

 今年もファルシャング、バールの季節がやってきました。昨年の3月号のパプリカ通信にも書きましたが、舞踊 団では相変わらずいろいろなところに呼ばれ、いつも踊っているチャールダーシュではなく、パロターシュ(宮殿 の踊り)やケリングー(ワルツ)を披露しています。

 もちろん舞踊団関係でない(つまりお仕事ではない)バールにも顔を出します。去年はエレク村のルーマニア人 の村に行って、有名なエレク村の踊りと、名人のサボー・ペーテルさんと会うことができました。これに味を占め て、今年は「ルーレンツレーヴェ村(Lôrincréve:ルーマニア・トランシルバニアにある村)のバール」に行ってき ました。もちろんお目当ては、ルーリンツレーヴェ村の踊りを見ること。

 といっても、実際にはるばる国境を 越えてトランシルバニアに行ったわけ ではありません。ルーリンツレーヴェ 村出身のカルシャイ・ジグモンドさん (Karsai Zsigmond) がホストを 務める、民族音楽・舞踊のバールに いったのです。ちなみに場所はブダペ ストから少し東に行ったところにある ペーツェル Pécelという町。カルシャ イ・ジグモンドさんは今年で八六歳、こ こに移り住んで絵を描きながら暮らして います。


   ジガ・バーチ(ジガ Zigaというのは ジグモンドの愛称、バーチ bácsiはお じさんの意)とは、たびたび舞踊団の 公演などで会うたびに気軽におしゃべ りをさせてもらっていますが、実はハン ガリー民俗舞踊の至宝とでもいえる人 物です。トランシルバニアの男性舞踊 の一分野である「 ポントゾー (pontozó)」と呼ばれる踊りは、こ の人がいなければ今ほど詳しく知られ ていないでしょう。ハンガリーの民族 舞踊団にはもちろん、モイセーエフ民 族バレエ団にもルーリンツレーヴェ村 の男性舞踊の振り付けがあるのは、ジ ガ・バーチがいたからこそ。この人が ルーリンツレーヴェ村の踊りを世に知 らしめたのです。

 もちろん日本でもこの踊りは知られ ています。思い起こせば学生時代、全 国の学生フォークダンスサークルで憧 れの踊りのひとつとされていたのが、 一九七七年に来日したハンガリー国立 民族舞踊団の演目のひとつである「ポ ントゾー」でした。みんなビデオテー プが擦り切れるほど録画を見て、一所 懸命研究していたのを思い出します (実際に擦り切れたテープもあるそう です)。今は、これがルーリンツレー ヴェ村の、それもジガ・バーチの踊り であるというのがわかりますが、当時 はただただかっこいい踊りだなぁとし かわかりませんでした。しかしまさ か、今ハンガリーで本当の意味で「本 物」に出会えるとは思っ てもいませ んでした。こういうときに一番ハンガ リーに来てよかったなぁと思います。


シャニ・バーチ(師匠)とジガ・バーチ、
窓際の男性はラーザール・エルヴィン

 そんな有名な人がホストを務めるの で、やってくる人達の中にも有名人が たくさん。踊り関係者の中では、僕の 師匠ティマール・シャーンドルや、ハ ルモシュ・ベーラ、シェブー・フェ レンツ(これらの人達については過 去の記事をご覧下さい)、その他にも 例えば、 去年文学部門で Prima Primissima賞をとった童話作家の ラーザール・エルヴィ ン (Lázár Ervin)、ハンガリー民謡の歌い手ファ ラゴー・ラウラ (Faragó Laura)、 さらにはグドゥルーから国会議員まで もがやってきました。

 そんな会場へひとり東洋人が入って いって大丈夫であろうかと、少なから ず緊張して入り口のドアを開けまし た。そこにはジガ・バーチが。ジガ・ バーチは僕の心を見透かしたかのよう に、すぐに僕を歓迎しに来てくれ、す ぐに会場の司会者に、そしてその司会 者が皆に、僕がティマール・シャーン ドルの弟子であること、チッラグセ ムー舞踊団で踊っていることを紹介し てくれました。ジガ・バーチの知り合 いということで、集まった人達も温か く迎えてくれました。もっともダンサー と知らされてしまったおかげで、ポント ゾーを踊って見せることになってしまっ たのですが(しかも「本物」の前で)。

 もちろん、お目当てのジガ・バーチ の踊りはばっちりこの目で見ることが できました。八五歳で踊ることができ ることすらすばらしいことですが、さ らにすばらしいことに今でもその踊り は輝いています。やはり心のこもった 踊りだからでしょうか。この踊りを自 分の目の前で見られたことは幸せなこ とでした。


 この「ルーリンツレーヴェ村のバー ル」は毎年行われています。ジガ・ バーチが元気なうちはまだまだ続ける とのこと。来年もぜひこの Pécelへ来 たいと思います。できるだけ永くこの バールが続くことを、そしてジガ・ バーチの踊りが見られることを心から 願っています。


おじいちゃんと孫

お孫さんもポントゾーを踊ります

チャールダーシュを踊るジガ・バーチ

シェブー = ハルモシュ デュオ

パプリカ通信2006年3月号掲載