ハンガリー い、ろ、は(8)
昨秋、息子が幼稚園に通い始めた頃の話です。年長 のグループともなると、大きな子がいて、随分立派にな るものだな、と感心しましたが、それには訳がありま す。ハンガリーの幼稚園には七歳児も珍しくないので す。本来小学校就学年齢は六歳からですが、何故か七 歳児もいる幼稚園。今月は、基本のルールはありつつ、 柔軟で独自の運営が可能なハンガリーの初等・中等教 育について紹介します。
ハンガリーの義務教育は「一般的」に、六歳〜十八歳で、 初等教育八年、中等教育四年となっています。加えて、小 学校就学前の一年は、「就学準備」として幼稚園に通園す ることが義務付けられています。(制度が改正されたた め、義務教育は、一九九八年までに小学校に入学した者 は十六歳までの十年間、一九九九年以降に入学した者は 十二年間になっています。)
「一般的に」としたのは、実際は就学年齢はかならずしも 六歳ではないケースもありますし、中等教育で高等教育へ の進学を前提とした「ギムナジウム(Gimnázium)」や 「職業学校(Szakközépiskola)」も、かならずしも四 年と固定しているわけではないからです。
伝統的な形式は、小学校(八年)↓高校(四年)でしたが、 数年前から小学校(六年)↓高校(六年)という組み合わ せが広がり、最近では小学校(四年)↓高校(八年)という 形式もでてきています。(下表参照)ちなみに、中央統計 局の統計によれば、二〇〇一〜二〇〇二年の普通高校( ギムナジウム)への進学率は、全体の三〇パーセントです。
就学年齢 | |
---|---|
幼稚園(Óvoda) 通常3年、最後の1年は義務 |
3-6/7 |
小学校(Általános iskola) (第1段階 4年間; 第2段階 4年間) |
6/7-14 |
ギムナジウム(Gimnázium)(4年-8年間) | 10/12/14 - 18/19 |
職業学校(Szakközépiskola) (一般的に4年間) |
14-18/19/20 |
職業訓練学校(Szakiskola)1 (C コースと呼ばれる。2+2 年間)) |
14-18 |
職業訓練学校(Szakiskola)2 (Aコース、 またはBコースと呼ばれる。1-2 + 2年間)) |
15/16-18/19 |
ハンガリーの学校は八月末か九月上旬に新しい年度 が始まります。小学校に入学するのは、その年の五月まで に満六歳に達している児童ですが、身体的、精神的に就学 準備ができていない児童は一年遅らせることが可能です。
しかしこれは建前で、保護者があえて一年入学を遅ら せる場合もあります。それは、「学校の勉強についていけ るか」という不安からのときもありますが、ハンガリー の学校は厳しいことで有名ですから、七歳で入学した方 が「余裕で」学習内容を消化できる、といった算段が働い ている場合もあります。
ハンガリーの初等・中等教育はほとんどが公立学校で す。私立もありますが、極々僅かです。体制転換以降、増 加したのが「教会立」といわれる教会運営の学校ですが、 国から援助を受けているため公立と同じように授業料は 無償です。ただ、教会立といっても、宗教色の濃さは各学校 によって違いますし、キリスト教徒でなくても入学はでき ます。なお、公立も教会立も、給食費と教科書は有償です。
ハンガリーの学校の特色は、公立でありながら、小学 校から「xxに力を入れている」とプラスアルファーで独 自のカリキュラムを組むことが可能なことです。地方の 村ではそれほど選択の余地もありませんが、ブダペスト 市内であれば、算数、外国語(英語だけではなく、ドイツ 語やスペイン語、日本語もあります)、体育などの特定の 教科のコマ数が多い小学校がほとんどです。
コダーイを産んだこの国ならではの「コダーイ音楽学 校」というのも公立であります。例えば、この学校の普通 科では、合唱の時間が週に四時間(学年によって違う)く らいあり、普通小学校よりも多く取ってあります。普通 科ではなくハンガリーラジオ合唱団のコースになれば、 また違ったカリキュラムになっています。
ハンガリーの児童は、基本的には居住する地区の小学 校に通学しますが、この規則は非常に緩く、越境する生 徒もかなりいます。というのも、保護者は地区の学校だ けではなく、近辺の学校が何に力を入れているのかを見 極めます。また、授業のカリキュラム以上に、先生の質を 重視する保護者も多く、校長先生や、自分の子どもを受 け持つ予定の担任の先生と事前に面接して学校を決め るケースもあります。
一方で、物理的に引っ越しをしなくても小学校間の転 校は稀なことではありません。担任の先生があわなかっ たから、とか、最初の四年は音楽学校で情緒をはぐくむ ことを重視し、次の二年間では算数など科目に力を入れ た小学校に転入させようと計画する保護者もいます。
公立の小学校は、体育など特殊な科目に力を入れてい たり、入学希望者が制度上の規定を超えて多い場合は入 学試験を課すことができますが、それ以外は試験を課す ことはできません。基本的には、地区の児童を優先的に まず入学させ、空きがあれば地理的に近い児童から取っ ていきます。(もちろん例外もあります)
一方、高校進学にあたっては、各高校の課す入学試験を 受ける必要があります。高校は各校レベルがかなり違い、 伝統的に理数系、外国語に強い学校などがあります。
「ハンガリーの学校は厳しい」と前述しましたが、その 一端を表すものとして、宿題の多さがあげられます。小 学校低学年でも平均して宿題には一時間かかるケースが よくあります。宿題は、学校ですませてくる場合も多い ですが、お稽古事があると終わらず、家で親が横につい て一緒に宿題を見ることもよくあるようです。
筆者が一番驚いたのが、落第のシステムで、一年間で消 化すべきものを習得できなければ、もう一年やり直させ る、というものです。なんと、小学校からあります。ただ し、最初の三年間に限っては、保護者の同意がなければ「 やり直し」はできないようになっています。二〇〇三年の 教育省の報告書によれば、やり直しが一番多いのは一年 生、五年生、六年生で、逆に少ないのは初等教育の最終学 年である八年生でした。確かに、基礎のないところにレ ンガを積み上げていっても意味がないどころか、弊害も あるわけですが、そんなに小さいうちから一年やり直し、 となると、挫折を味わうことにならないのかな、といった 心配もしてしまいます。
「落第」はやはり堪えるようで、ハンガリーでは親が一 生懸命子どもの勉強を見たり、特定の教科だけ家庭教師 を雇ったり、果てにはあまり厳しい先生・学校だと、転校 までさせてしまうこともあります。ちなみに、ハンガ リーには日本のような塾は皆無なので、必要ならば家庭 教師を雇うことがありますが、そうした場合は現役の学 校教師が多いです。
ハンガリーは体制転換以降、何度か教育法や関連法を 改正していますが、最も深刻な問題の一つは、教員の質で しょう。現社会党政権で、教員を含む公務員の給与はか なり引き上げられたものの、依然としてこの国では教員 の給与が低く、彼らの社会的地位が低いのが問題になっ ています。教員資格をとっても実際に教員になる学生数 も限られていますし、「教員と(同じく給与が低い)警官 は、何の能力もない者がなる職業」というような言い方 が以前からあるくらいです。
この問題は共産党一党支配時代にも存在しましたが、 体制転換以降は特に、生活が出来なくなり民間企業に転 職する教員が続出しました。現在でも、教員の手取りは 十万フォリントくらいではないでしょうか。(当然、勤続 年数や、勤める学校によって給料は変わりますが)その ため、前述したように放課後に「家庭教師」などのバイト をする教員は後を絶ちません。
国の成長にとって質の良い教育は必要不可欠。次の政 権でどのようにハード、ソフト面で教育が改善されるの か、注目されるところです。
パプリカ通信2006年5月号掲載