ハンガリー在住者による書き継ぎコラム『ハンガリー愉快な日々』

冬空の下で賑わうクリスマス市


一日一日と気温が下がっていく十二月、午後になると夕闇があっという間に迫ってきます。クリスマスが近づくこの季節、空が薄暗くなる頃、ブダペストの街にはイルミネーションが灯り、華やかな雰囲気が漂います。日中でも雲が低くたちこめるどんよりと暗い冬の日を明るく照らす街の灯は、心地よい暖かさを感じさせ、凍てつく寒さを忘れさせてくれます。もっともここ数年、十二月になっても雪がほとんど降らず、暖冬が続いているのがむしろ気になるところですが。

毎年十二月、ブダペスト市内には大小さまざまなクリスマス市が立ちます。買い物に出ればふだん通っている市場にも、リースやろうそくからお菓子までクリスマス用品が並んで活気にあふれ、眺めるだけでも楽しく過ごせます。(但し、つい手にとって買い込んでしまうと財布の中だけは寒くなり。)

そして、クリスマス市に匹敵するおすすめスポットとして穴場なのが紙屋さんです。紙類を多く扱っている文房具店も同様に、一度入るとしばらく出られません。クリスマスカードや贈り物用の包装紙など全て見ようとすると、あっという間に時間が経ってしまいます。何十種類ものクリスマスカード(ハガキ)が専用棚に並んでいて、その中から気に入ったものを選ぶのも楽しいですが、全種類買い揃えるとささやかなコレクションになります。なお、毎日一筆書いて郵便局に通い、日本に向けて同一人物に日替わりクリスマスカードを郵送した年がありましたが、受け取る側は一週間に一度どさっとクリスマスカードがまとめて届いていたそうで、「毎日クリスマスカードを届けよう作戦」は空振りに終わりました。

ブダペストのクリスマス市で最も有名で国外にも宣伝されているのが、ヴルシュマルティ広場です。旅行者で賑わう観光地なので価格は少々高めですが、観光の目玉になるだけあって内容は充実しています。欧州内のクリスマス市としては小規模ですが、ハンガリーならではの趣があり、気温がぐんと下がる日暮れ後、近くを通るとつい引き寄せられてしまう吸引力があります。中でも湯気を立ち上らせているホットワインの大鍋の魅力には抵抗できません。かじかんだ手をホットワインのカップで温めつつ、胃袋に広がる甘い暖かさ。冷えきった身体が外からも内からもぽかぽかしてきます。そして、(少々の)アルコールが入るとやはりほしくなるのがつまみ。辺りを見回すと石窯でピザが焼き上がり行列ができています。釜から出てくる焼きたてピザは生地が厚くなかなか冷めません。熱々のピザをふうふうと吹きながら頬ばっていると、再びワインがほしくなり。

ホットワインを手に特設野外ステージの舞台を観ていると、風向きが変わって香ばしい匂いが流れてきます。ふり返るとコルバース(サラミソーセージ)がちょうどよい具合に焼けている誘惑。気づけばもはや理性は吹き飛びコルバースにかぶりついています。口の中に熱い肉汁がはじけて広がる快感。思わずビールがほしくなってしまうところですが、さすがに寒空の下ビールに手を出すのは控えることに。続いて足を止めずにいられないのが、西側から来る旅行者が「ハンガリーのバウムクーヘン」と呼ぶクルトゥシュ・カラーチ(焼き巻き菓子)の店です。その場で生地をこねて炭火で焼いています。長い棒にくるくると白い生地が巻かれ、塗ってまぶした砂糖が茶色く焼き上がる頃、甘い香りが炭火の煙に混じって漂いはじめます。たちまち長く延びる行列。シナモン、ココナッツなど数種類の味が選べますが、大きな甘い焼き菓子でひとりでは一個食べきれず、一度に全種類食べ比べは不可能かと。なお、このクルトゥシュ・カラーチ、もともとはエルデーイ(旧ハンガリー領・現ルーマニアのトランシルバニア地方)発祥の焼き菓子で、歴史的な味わいもあります。

クリスマス市では伝統手工芸品を始めとして、様々な物が売られています。蜂蜜、パーリンカ、ろうそく、毛皮、民族衣装から、石、陶器、アクセサリー、紙製品まで勢揃いで、木の玩具コーナーには剣玉が並んでいたりと、食べ物以外にも興味は尽きません。ただ観光地化されていない街中の小さなクリスマス市では輸入物の雑貨店もずいぶんあり、ハンガリー土産を探す場合にはハンガリー製かどうかよく見たほうがよさそうです。ちなみに私がよく買う土産は、食べてもおいしく飾ってもかわいらしい個別包装のはちみつクッキーです。また、街中のクリスマス市に出ている本屋で掘り出し物を見つけることもあり。独自の密かなお気に入りスポットを発掘するのも冬の夜の楽しみです。(Mioko)


パプリカ通信2007年12月号掲載