ハンガリーい、ろ、は

22.パートナーシップ登録制度の制定〜 同性間のカップルにも適用

鷲尾亜子

果たして同性間、つまり男と男、また女と女の結婚は認められるべきかーー。

ハンガリーでは昨年末、同性結婚を認めることまではいかなかったものの、同性間(そして異性間)カップルを法的に認めるための「パートナーシップ登録制度」に関わる改正法案が議会で可決された。

新たな登録制度が施行されるのは、二〇〇九年一月一日から。登録制度は同性間だけでなく、異性間カップルも利用できる。ハンガリーには誕生、結婚などを記録する戸籍のようなanyakönyvというのがあるが、登録制度を通してもパートナーとして記載できるようになる。それには婚姻同様、二人の立会人が必要である。

新制度によれば、登録したカップルは結婚している夫婦同様、法律上最近親者としてみなされ、不動産など互いの生活財の共有権、遺産相続権など法律が保障することになる。また、税制、年金や健康保険など社会保障上の優遇措置が認められる。

現行制度の枠組みの中では、仮に事実上のパートナーであってもこうした登録制度がないため、年金、遺産相続などの権利となると、結婚している男女と比較して非常に不利である。例えば、年金法によれば、婚外パートナーは、子供がいる場合は一年以上、子供がいない場合は十年以上生活を共にしていることが証明されなければ、相手から発する年金の受給資格は与えられない。しかもこれは男女の婚外カップルのことであり、同性のカップルであればこうしたことすらままならない。しかし、パートナーシップ登録制度を活用すれば、そうしたことは解消され、婚姻しているのと同様に扱われることになる。他方、登録カップルには制限された権利も残った。養子縁組資格、不妊治療、パートナーの氏を名乗ることである。

また他に、婚姻とパートナーシップ登録制度が異なるのは、婚姻は十六歳から認められているが、登録は十八歳からのみの点である。一方、ハンガリーでは離婚手続きはすべて家庭裁判所を通さなければならず、成立するまで少なくとも数か月かかるのが通常だが、登録カップルの場合は、公証人の署名を持って関係が解消できるので、日本の協議離婚に近い形となる。

政府は、新制度は異性カップルにも適用されるので、恩恵を受けるのは百万人にも上るかもしれないと試算している。中央統計局(KSH)の統計調査によれば、ハンガリーでは約三十七万人が法律上婚姻関係にはないが、実際はパートナーとして一緒に住み生活財などを共有してるという(二〇〇五年時点)。七十年代にはこうした「事実婚」パートナーは全家族数の二・一%ほどだったが、〇五年には一二・二%に増加している。

大半は保守派

日本では全く認められていないが、同性間の婚姻制度やパートナーシップ登録法の制定は、欧米では潮流となりつつある。欧州で同性間の婚姻制度を認めているのはオランダ、ベルギー、スペインで、パートナーシップ登録法や類似の制度を有する国はスウェーデン、デンマーク、ルクセンブルグ、独、仏、英、フィンランド、そして中東欧のスロヴェニア、チェコである。ハンガリーも来年からは後者の仲間入りとなる。またオランダ、スウェーデン、ベルギー、スペインでは同性カップルに養子縁組資格も付与している。

しかし、ハンガリーで同性愛者に対する理解を深めようとか、差別をなくし異性カップル同様の権利を付与しようといった機運が高まっているのか、と言えばそうでもない。一部の盛り上がりでしかなく、大多数のハンガリー人は、「ゲイ」と聞いたら依然として眉をひそめるか、興味半分でからかうか、陰でひそひそ噂するかである。筆者の知り合いでも、近年息子がゲイではないかと「懸念」していたが、つい先日事実であることがわかり、複雑な心境を吐露していた。筆者にそのことを話すときも、まるでゲイであることが人間としての汚点であるかのような話しぶりであった。

ハンガリーの同性愛者人口は、全人口の三〜八%と考えられている。世論調査会社タールキが〇五年十月に実施した調査によれば、「周囲の人間で同性愛者がいるのを知っている」とした回答者は僅かに八%。いわゆる「カミングアウト(同性愛者であることを告白、公表すること」をする人は少なく、大方は隠しているのが現状である。

セテイ・ガーボル首相府政務次官(社会党)が昨年七月、同性愛者(LMBT)フェスティバルの開会に合わせて自身が同性愛者であることを公表したことは、少なからず世間を騒がせた。ジュルチャーニ首相は、その勇気を称えている。これに対して世論調査会社ソンダ・イプソスが調査したところ、半分の回答者が「勇気ある告白で、性的少数者に関する現状を改善するだろう」としたが、残りの半分は「こうしたことは一政治家としても一市民としても公表すべきではない」としている。

もともとキリスト教社会では、実態はどうであれ、同性愛は「自然に反する罪」とされ、嫌悪、タブー視されてきた。その上、共産主義国では、同性愛者はその性的志向からモラル低下=社会の悪と位置づけられることが多く、ハンガリーも例外ではなかった。ラトビアでは、同性愛者であること自体が犯罪として扱われていたくらいである。

ハンガリーの昨夏のLMBTパレードでは、極右勢力など数百人の反対者が卵や空き瓶を行進参加者に投げつけたりするなど、妨害運動にでている。

欧州各国とハンガリー

ヨーロッパでも、同性愛者に対する寛容性は国によってまちまちである。EU加盟国の市民の意識調査をしているユーロバロメーター(Eurobarometer)によれば、「同性結婚」が認められるべきとしたEU市民は平均でこそ四四%だが、その寛容性は、上はオランダの(肯定派八二%)から、最下位ルーマニア(肯定派一一%)までと開きがある。ハンガリー人回答者で「認められるべき」としたのは、僅か一八%だった。(調査は〇六年十二月)

同性カップルによる養子縁組になると、どこの国でも結婚よりも肯定派は少なくなり、首位オランダが六九%、最下位ルーマニアとラトビアはともに八%である。ハンガリーは一三%、EU平均は三二%である。

結婚に肯定的な回答者の割合が五割を超えるのは、オランダの他、スウェーデンやベルギーなど、すべて同性婚を認める法かパートナーシップ法が存在する国である。逆に同性結婚肯定派が二割に満たないのは、ハンガリーの他、スロバキア、マルタ、リトアニア、ポーランド、ブルガリア、ギリシャ、キプロス、ラトビア、ルーマニアなど旧共産圏の国が圧倒的に多い。また、キリスト教文化の影響が強い程、保守的になる傾向がある。逆に、長らく資本主義体制をとり経済が発展していればいるほど、またキリスト教文化の影響が薄いほどリベラルになる傾向が強く、同性愛者の権利保護に動くのも早い傾向がある。

SZDSZの思惑

欧州の中ではそれほど同性愛者に理解を示しているわけでもないハンガリーで、パートナーシップ登録法が成立したのは、与党第二党の自由民主連盟(SZDSZ)が推し進めてきたためである。現政権が、社会党+SZDSZの組み合わせではなく、FIDESZハンガリー市民連盟(現在は最大野党)によるものだったとしたら、こうした法案が議会を通過する可能性は全くなかっただろう。実際のところ、FIDESZ、KDNPは議会で法案に反対票を投じている。

国の経済進路を左右するほどの重要なものでもなく、むしろ社会に黙殺されているテーマでSZDSZが数年に渡って推してきたのは、小さな政党であるからこそ存在意義を示し、得点稼ぎを試みたという見方もあるだろう。しかし一方では、先の世論調査の結果を見てもわかるように、保守的なハンガリー人には不人気な法案であり、議会でFIDESZやキリスト教民主人民党(KDNP)から攻撃を受けることは容易に予測できたことである。従って、かならずしも国民の人気取りのためという単純なものでもなく、リベラル政党を標榜する限り、その原理を曲げずに取り組んでいるとも言える。

もともとSZDSZの案は、同性カップルに結婚、また養子縁組資格も認めるという最もリベラルな内容だったが、連立パートナーの社会党が反対。登録パートナーシップ法に落ち着いた。SZDSZは今回の登録制度の創設も大きな前進としているが、さらなる前進を目指している。ただ、異性カップルと全く同様の権利を認めるのは反対論、慎重論が根強く、近い将来オランダのように急進的にリベラルな国になるとは考えづらいだろう。


パプリカ通信2008年2月号掲載