トコロかわれば、、、
鷲尾亜子
女性なら、誰でも一度は交際している彼や、密かに想いを寄せいている男性の苗字と自分の名前をつなげて紙にこっそり書いたり、小さく声にしてだしてみたりして、「ウフフッ」としたことがあるだろう。もちろん、私もそうである。書いた後は、「母親に見られては大変!」とシュレッダーのように細かく切って捨てるのだが、そんなことをすると縁が切れるようでいやだなあ、とも思ったものだ。今月は結婚とは切っても切れない姓の話。
別姓選択
日本の民法では日本人どうしの婚姻の場合、夫婦が同一の姓を名乗ることが定められているが、国際結婚では夫婦別姓も可能である。それは、外国人が戸籍を持てないからであるが、そのため日本人の方が独立した戸籍を持ち、配偶者は「注意書き」のようにして加えられる。その場合、配偶者の姓をカタカナにして名乗ってもよいし、元の姓を続けてもかまわない。私も国際結婚組みだが、戸籍上の名前は生まれたときから今も変わっていない。
名前を変えなかった理由は、結婚するときにはすでに「ウフフッ」と顔を赤らめる年齢をとうに過ぎていたこともあったが、やはり自分のこれまでの人格がぶつりと切れ、どこかへいってしまうような気がしたからだ。画数が多いので、小学校の習字の時間には、細筆でも名前がにじんでしまいからかわれたし、試験の度に「これで他の生徒より15秒は出だしが遅れているに違いない」と本気で考え、ずいぶん疎ましく思ったものだ。しかし長らく癖のある姓とつきあっていると手放せなくなり、「やっぱり私は鷲尾よね」となるのだった。
ただし、バリバリのフェミニストだったから、というのでもない。普段から不精で諸手続が大、大、大嫌いなのでパスポートや銀行通帳、ハンコ、自動車免許証 うんぬん、すべて書き換えるが面倒だったのだ。それに、夫の「ガードル」という姓は、ハンガリー語では「ガ」にアクセントがかかるが、日本語風に平坦に読めばまるで下着のようである。小学生ではないからいじめられたりはしないだろうが、書かれた名前を見て「クスッ」と笑う人もいるかもしれぬ。この名前は、亡くなった義父がユダヤ人姓「フリードマン」からハンガリーっぽいものにしようとして1930年代に改名したものだが、今もフリードマンだったら現金な性質の私は、「なんだか有名な経済学者みたいでいいかも、、、」と簡単に鷲尾を捨てていたかもしれない。だから、総合的に勘案して決めたのが正直なところだ。
選択肢いろいろ
ハンガリーの制度はどうなっているのだろう。この1月から、夫も妻の姓を名乗ることが出来るようになった。それと同時に二人の姓をハイフンで合体させることも可能になった。従って現行制度では、例えばNagy Katalinさんと Kiss Ferencさんが結婚したとすると可能な選択肢は以下のように女性は7通り、男性は4通りもある。
女性の場合 ― 1 Nagy Katalin 2 Kiss Katalin 3 Kiss-Nagy Katalin 4 Nagy-Kiss Katalin 5 Kissné Nagy Katalin 6 Kiss Ferencné 7 Kiss Ferencné Nagy Katalin
男性の場合 − 1 Kiss Ferenc 2 Nagy Ferenc 3 Kiss-Nagy Ferenc
この5、6、7のné(ネー)というのは、「xx夫人」という意味で、ナブラティロヴァのようにチェコ語のova(オヴァ)などに見られる類のものである。
なお子供は、両親が一つの共通の場合それを名乗り、そうでない場合は両親がどちらにするか決める。離婚した場合も子供の姓は変更されないのが普通で、例えば母親の再婚で新たな夫が養子・養女に迎え入れたい場合は前夫の、承認を得て姓の変更が可能になる。また、子供自身が諸事情で姓を変えたい場合は、申し出できる。
夫の人格丸呑み?
これだけ婚姻での姓の選択肢が多いと、興味が湧くのはどのパターンがハンガリー人女性に人気があるかということである。夫婦の名を合体させる方法はこの1月から施行されたので、残念ながら人気のほどはわからない。夫婦二人の名を反映させるという意味では、知り合いに前述の5と7のパターンもいるが、「長すぎるし、音感も奇妙」と言う輩も多くいて、単純に流行とは言えないようだ。
ブダペスト市内に住む私の女友達は、揃いも揃って結婚してもオリジナルの名前のままなので、むしろそれが「カッコイイ」のかと思いきや、テレビで街頭インタビューを受けている地方の女性はとても若いのに「xxネー」が多い。知人曰く、「こういうのは、妻の側が夫に“嫁いだ”ということを強く表したい場合か、自分の旧姓が気に入らないかどっちかよね。」 地方に住む日本人友人も、周りを見ると「xxネー」は確かに若い女性でも多いようだ、と言っていた。
しかしこの友人は、こう続けた。「夫の名前に女性の名前が吸収されて封建的なのかと思えば、“ネー”をつけてまるで夫を乗っ取ってしまっているようにも見えてくるわね。これもハンガリー女性が逞しいからかしら、、、。」
一方、名前を変えないグループには、都市部に住み自立しキャリアを持っている(持っていた)女性や、名前を変えると自分の尊厳が揺らぐような気がするという女性が多いようだ。しかしもちろん、夫の姓が好きではないから、という理由で変えない人もいる。ハンガリーには「はげ頭」という意味のコパス(Kopasz)さんという苗字があるが、「あなたのためなら、すべてを捨ててもいいわ」というくらいに夫を愛していても、「あ、でも苗字だけは勘弁して〜!」と私だって思う。
逆に知人友人のハンガリー人男性に聞いてみたら、「やはり妻は自分の姓を」と妻を所有するとまでは行かなくても保護・保養するという感覚の保守派と、「妻の好きでいいよ」というリベラル派と両方いた。どちらが多いか、などという統計もないから「ハンガリー人男性は、、、」と決めつけるのはやめておこう。
日本太郎1号、2号、3号、、、
ハンガリーの現行制度は選択の幅が広く、なんて先進的、、、と思いきや、実はたかだか30年前くらいまでは結婚した女性は「xxネー」しか認められなかった。つまり、Nagy Katalinさんは有無を言わせずKiss Ferencnéになったのだった。家族や友人は、継続してカタリン、と呼ぶだろうが、公では旧姓はおろか、名前まで跡形もなくなってしまうという制度だった。これはひどい。しかも、ハンガリー特有の事情のためにこの「xxネー」は、眩暈がしそうな状況にもなりかねないのである。
特殊事情その1は、ハンガリーでは男も女も代々親、祖父母の名前を継承する習慣を持つ家族がある。夫も義父も、義理の祖父、曽祖父もまたその先もずっと同じ名前だ。これを日本式に捉え、例えば「日本太郎さん」と結婚したとしよう。私の名前は「日本太郎夫人」。義母も日本太郎夫人。義母と犬猿の仲だったらどうするのか?そして息子の嫁も日本太郎夫人。どうにも気に食わない嫁だったらどうするのか??
特殊事情その2は、ハンガリーでは離婚後もそのまま前夫の「xxネー」を名乗ることが出来る。もっと正確に言うと、女性は旧姓に戻す場合、変更申請をしなくてはならないのだ。一方、夫の方が前妻に旧姓に戻してもらいたくても前妻が承諾しない場合、家裁にかけなくてはならない。どういう心境なのかはよくわからないが、前夫の名前を名乗ったままという女性も少なからずいるのが現状である。そうすると、自分の夫が再婚だった場合、前妻も「日本太郎夫人??」これは現在の妻にとって、とても複雑な心境であるはずだ。
私の義父は初婚の妻と死別したため、義母とは再婚だった。義母はガードル・イムレネーだったが、夫が言うには小さい頃墓参りに行って母親と同じ名前が墓石に彫られているのを見て、とてもへんな気がしたという。そして、義父と義母は離婚するのだが、義母の名前はそのままだった。そのため、義父の再婚相手もまたガードル・イムレネーになったのだった。これは特段希な事例、というのでは決してない。
日本は、、、
日本では選択的夫婦別姓制度が議論されて久しい。しかし96年にまとめられた法務省の民法改正法案は、自民党の強硬な反対に会い国会にすら提出されなかったし、その後の野党案もことごとく廃案となっている。反対の理由は「一体感を薄れさせる → 離婚の増加につながる → 国を支える“家”が崩れる」というひどく大雑把で非論理的なものである。この論理が正しければ別姓制度を採用する中国はとっくに崩壊しているはずである。「家」というものを守るために、実態はとうてい情の失われた関係でも紙の上で夫婦であり続けるのがよいかどうかは個人の価値観によるだろう。
私自身は仮に「ガードル亜子」であったにしても、自民党のセンセイ方が考えるように現状より立派な妻、母となっていたかどうかは疑問である。別姓を選んだ立場から言えば、個人の選択肢が豊かな社会のほうがいいと思っている。
(了)
(パプリカ通信2004年2月号掲載)