ピックアップインタビュー


編集長がハンガリーで出会った素晴らしい方々をインタビュー形式でお届けしております。
第5回 インタビュー 2015.6.23 ブダペスト

『リスト音楽院外国人初の指揮科ディプロマ取得は日本人!』

 
 指揮者:金井 俊文
/ Toshifumi Kanai

)指揮者という道を選んだわけは。

 もともとピアノを習っていたのですが、中学一年生の時に偶然テレビで、長野オリンピックの開会式で指揮者の小澤征爾さんが、ベートーベンの交響曲第9番を指揮している姿を見て、音楽とオーケストラの魅力に引き込まれ、それをまとめている指揮者に興味を持ったのが最初のきっかけです。

 )なぜハンガリーという国を留学先に決めたのでしょうか。
 ピアノを習ってはいたけれど、クラシック音楽はほとんど聞きませんでした。しかし指揮者というものに興味を抱いてから、一気にクラシック音楽に目覚めました。その直後だったと思いますが、偶然にもハンガリー国立オペレッタ劇場の公演を見て、ハンガリーの音楽や舞台の楽しさ美しさや、独特の雰囲気、そしてハンガリー語が妙に体にフィットする感覚に陥りました。それから、ハンガリーという国に興味を持ち調べ始め、『こんな国があるんだ』と思ったのがきっかけでした。日本の大学院で勉強した後、留学を意識した時、真っ先に頭に浮かんだのがハンガリーでした。

)実際に留学してみていかがでしたか。
  留学する前からヨーロッパへ留学していた知人たちなどから留学生活について話を聞いていましたが、ハンガリーに留学している友人は周りに1人もいなかったので、実際にリスト音楽院の情報はほとんどありませんでした。他の国に留学している友人達は、授業カリキュラムなどはそんなにどの国も変わらないだろう、ただ語学の壁は必ず最初あるよと言われていました。まずは実技の入学試験で非常に驚いた事があったのですが、約30分にわたってプロオーケストラを指揮するというものでした。日本はもちろん、他の外国の音大でも、入試からオケを指揮するというのは聞いた事がなかったので緊張したのを覚えています。
  入学後、もちろん語学の壁は常にありましたが、その壁に圧倒されている余裕が無いくらいこなさなければいけないカリキュラム、そして課題が与えられました。ですから、語学の苦労だけが印象に残ったということはありません。それよりも、日々与えられた課題を出来るだけ完璧にクリアしていく事を先に考えて毎日を過ごしていたら、あっという間に一年目は終わってしまいました。学校の雰囲気は音楽が大好きな学生で活気に溢れているので日本の音大と似ている所も多々あります。ハンガリー人の学生とは最初はお互いシャイな部分が出てしまって何となく遠慮し合っていたりしていたのですが、会話をし、音楽など様々なことを話すようになれば、学年関係なく良好な関係を作ることが出来ます。
 また、ご存じの方も多いと思いますが、リスト音楽院の校舎とホールは非常に美しいことで有名で、ブダペストの観光名所でもあります。このホールを始め、音楽院から徒歩3分内のハンガリー国立歌劇場、国立オペレッタ劇場などでは、毎日の様に一流の演奏会・オペラを聴くことが出来、また学生入場料も200円前後です。この環境は日本では決して得られないものです。特にオペラ・オペレッタでは楽譜を手にしながら同じ演目を繰り返し観て、出来る限り覚えていきました。

)リスト音楽院の指揮科では、どんな授業がありますか。
 指揮科は週に2回の指揮実技レッスンがあります。これは指揮科の学生が学年関係なく集まって自分の勉強したい作品を準備してきて、オーケストラスコアやピアノ版に編曲された楽譜をピアノ科の学生が2台のピアノで弾いてくださり、それをオーケストラとして僕たちが指揮を振りながら先生からのアドヴァイスを受けるといった勉強会のような形式です。それ以外には、宗教曲やオペラの作品を中心に勉強をする指揮レッスンや、ピアノのレッスン、これはリスト音楽院特有かと思いますが、声楽や打楽器を学ぶレッスン、それから大学院ではコーチングというオペラのコレペティトゥーアの仕事を学ぶ個人レッスンもあります。これは自分でピアノを弾きながら、オペラ歌手が正確に楽譜通り歌えるよう指導していく方法を学ぶレッスンです。レッスンは実際にハンガリー国立歌劇場の指揮者の先生が担当してくださいました。もちろんスコア・リーディングといって、オーケストラスコアをピアノで弾いて分析していくといったようなレッスンもあります。僕の場合、これら以外に室内楽のレッスンも受けていました。専門レッスン以外は語学、音楽史、ヨーロッパ史などの授業などがあります。
             

)大学院2年目はディプロマ(卒業試験)コンサートに向けての準備を、じっくり時間をかけてされると
 聞いたことがありますが金井さんはどうでしたか。
 僕の場合は大学院から留学でしたので他の学生とは少し異なっている点があったと感じています。通常は大学1年生からスタートしますので5年目に大学院ディプロマがありますが(リスト音楽院はBA3年、MA2年のプログラム)、僕は大学院(MA)から入学したので、留学2年目にしてディプロマコンサートがあったので実際ディプロマのプログラムを準備したのは、コンサート約4か月前でした。ですが他の楽器の学生は大学院2年生になった9月、10月ごろから曲を決めて準備を進めていっていました。僕もそうしたかったのですが、オーケストラとの実習やそれ以外にもやることが多くディプロマだけに集中し、すぐに取り掛かることが出来なかったというのが実情でした。
                  

)ディプロマコンサートを終えた感想は。
 先ほどの話の延長ですが、指揮科のディプロマコンサートは、3日間のリハーサル、舞台リハーサル、本番という計4日間、時間にして計15時間をオーケストラと過ごし、その過程を全て審査されます。もちろん、リハーサル初日前までに様々な準備を行い、この4日間に挑むのですが、いくら机の上や頭の中で準備を重ねても、実際にオーケストラと接した時、想定外なことや、予定通り進まない事も出てきます。その時にどう対処し、より良い方向へ全体の舵を切れるかということが指揮者に求められる能力だと思います。まだまだ未熟者なので、どうしたら良いか分からない時は、先生方やオーケストラの団員の方々がアドヴァイスをくださいました。それらが今後の自分にとっての大きな財産になると思います。
 また、リハーサル中、僕にとって1番の壁はオーケストラと上手にコミュニケーションが取れるかという事でした。ハンガリーのオーケストラは英語が通じない方々もいますので、なるべく指示はハンガリー語で対応出来るように僕も準備しました。どの様に言えばハンガリー語で自分の意思が伝えられるか事前に考え、実際にリハーサルでは多くの場面でハンガリー語を使い進める事が出来ました。母国語でない言葉で行うリハーサルは、僕がハンガリーに来てからの目標の一つでもあったので、実際に実行出来た事はとても良い経験になりました。
 オーケストラ(Concerto Budapest、ブダペストのプロオーケストラ)の皆様には本当に感謝しております。リハーサルから本番まで本当に協力的にサポートしてくださり、演奏会(試験)の最後まで気持ちを共有してくださいました。会場には一緒に勉強してきた多くの仲間達、お世話になった方々や先生方、そして僕のことを知らなくても、リスト音楽院のホームページの演奏会案内を見て来て下さった沢山のブダペスト市民の方々、600名近くの聴衆の中でディプロマコンサートをさせて頂けた事はとても幸せな事でした。
 終演後、多くのオーケストラメンバーが楽屋に来てくださり「おめでとう!」と声をかけてくださいました。とても驚いたと同時に、これからもしっかり勉強していこうと決意を新たに出来ました。

 )ディロマコンサートのプログラムはどのように決めるのでしょうか。
  先生からはバランスよく、それぞれの時代(古典派・ロマン派・近現代)から選曲するようにと言われていました。プログラムを作る事も指揮者の大事な仕事なのだと。ですが実際、指揮科は個性的な学生が多いという事もあり、プログラムの全体バランスよりも自分がやりたい曲を選曲する傾向が多いです。僕自体は先生のアドヴァイスを考慮し、序曲は古典派のベートーベン、コンチェルトは近現代からラヴェルのピアノ協奏曲を選曲し、交響曲はロマン派のチャイコフスキーにしてバランスを取りつつ、観客が飽きないプログラム、そして何より自分が学びたい作品を選びました。

)ディプロマ取得と言うのは金井さんにとって、どのような意味をもたらすのでしょうか。
 日本では指揮科ではなくファゴット科で大学院ディプロマを取得しました。ヨーロッパで研鑽を積んで指揮ディプロマを取得したいという思いがあったので、実際に取得出来て目標が叶った事は嬉しいですし、多くの方々が応援してくたり協力してくれた事にも大変感謝しています。ただ大学院を卒業しディプロマを取得したからといって指揮者になれるわけではありませんし、一番大事な事は指揮者としての実力やこの人と演奏したいと思わせるような人間性だったり感性だったりと総合的な力が必要だと思っていますのでディプロマ取得は一つの通過点だと思います。ですが、コンサート後に教授陣から、100年以上続いてきたリスト音楽院の中で留学生として指揮ディプロマを初めて取得した学生だと言われました。そのことについては光栄でしたし、これから日本人をはじめとする外国人留学生の参考にして頂けたら幸いです

 )歴代リスト音楽院外国人留学生では初の大学院指揮科ディプロマ取得となった事についての
  プレッシャーなどはありましたか。
 プレッシャーや自分が初めてだという事を大学院在学中に考えた事はありません。そのような事よりも大事な事は、ここで勉強したいと思ってハンガリーに来てリスト音楽院で学べる機会を頂いたので、先生方から多くの事を吸収させて頂きながら過ごした2年間でした。振り返ってみれば、たまたま自分がそういう立場になっていたというだけの事かと思います。実は現在、僕を含めて4人の外国人が指揮科で勉強しています。これからもどんどんインターナショナルなクラスになって、様々な価値観や感性で刺激し合えるクラスになっていくのではないでしょうか。

  
)今後の活動を教えてください。

 2015/2016年のシーズンもハンガリーを中心に活動を続けるつもりです。さらに語学と真っ正面に向き合うことや、自分に何が足りないか、何をさらに伸ばせば良いのかを常に自問自答しながら過ごしていきたいと思います。また、今年も仲間達と文化交流を目的としたコンサートを企画しているのですが、それらも実現出来たらと考えています。もう大学院を卒業したのだから、自分が出来る社会貢献を積極的に行っていきたいです。

)コンクールや就職活動などにも積極的に動いてくのでしょうか。
 実は今年11月に久々にブダペストで指揮者コンクールが開かれるんです。アンタル・ドラティ国際指揮者コンクールという名で第一回目となり、挑戦しようと思っています。それからオーケストラのプレーヤーと違って指揮者にはオーディションというものが存在しませんので、どうしたら自分を導いていけるのかという事を考えなければなりません。その為にも、今までもこれからも出会っていく方々との繋がりやご縁を大切にしていきながら道を進んでいけたらと思っています。また、留学前から日本で一緒に演奏していたオーケストラや仲間達からも卒業前から声をかけて頂いていますので、将来的には日本とハンガリー、両国で活動出来るようになることが一つの夢ですね。先の事を考え過ぎても息詰まってしまうので、天にも任せつつ、自分自身に与えられたものと一つずつ丁寧に向き合っていき、これからも行動していきます。

 ありがとうございました。

2015623日 ブダペスト市内   インタビュアー:桑名 一恵

第1回 ピアニスト 阿久澤 政行さん
第2回 ハンガリー乳幼児教育研究者
サライ 美奈さん
第4回浅井 友香さん,藤井 彩嘉さん
ハンガリー国立バレエ団所属
第3回 三峯 千寿佳さん
東京学芸大学教育学部中
等教育教員養成課程、

音楽専攻4年在学中